人付き合いの悩みと付き合うコツ

生きていく中で、人付き合いはつきものです。

喜びにも、悩みの種にもなります。

私は、人付き合いに悩みが多かった。

生きている以上、問題はなくならないのかもしれません。

思い通りにならないから。

悩みを軽減する方法はあります。

できるだけ、客観的になろうとすることです。

 

客観的ってどういうこと?

辞典には「特定の立場にとらわれず、物事を見たり考えたりするさま」とありました。

映画に例えると、分かりやすいかもしれません。

映画を見る時は、いつの間にか、主人公と自分が同一になっています。

勧善懲悪の映画は、善が悪をやっつけることで、見る人に爽快感を届けます。

客観的は、悪役の立場や気持ちになってみること。

またスクリーンの外から、客席の様子なども注意してみることです。

それだと、楽しめないと思うかもしれません。

 

自分の人生、自分の問題を、客観的に見るのは難しい。

いつの間にか、その場に飲み込まれて、自分を正義と決めている。

自分が、正義の主人公か、悲劇の被害者になっているのが通常です。

自分の想い、なぜそういうことに至ったのか、客観的になる余裕は、なかなかないものですね。

 

感情に囚われないことはできる

怒りに囚われている時、我慢している時は、客観的にはなれません。

問題がある時、渦中の時は、怒りで一杯になって、相手を恨んだり

私だけが我慢すればいいなどと思うかもしれません。

主人公の心境そのものです。

問題がある時は、自然と原因を探します。

悪いのは誰かと思います。

相手に言える人は、言っているでしょう。

「あいつはどうしようもない」と爆発するかもしれません。

相手が悪く、私は正しい。

相手の行いによって、私は傷ついたと感じるからです。

言えない人は、我慢しているかもしれません。

 

私も問題を、人のせいにしていました。

問題を押し付けても、相手の行動は変えられません。

怒りの気持ちは、相手にぶつけるのではなくて、

自分の想いとして、ただ認めてあげること。

相手がいることで、思いは生まれたかもしれません。

怒りは、自分の想いに違いない。

「頭にきたね」「辛かったね」、どんな気持ちを感じてもいいのです。

なにを感じても、あなたは悪くありません。

問題から離れて、ただ感じることはできます。

独りで感じると、辛い気持ちは緩和されます。

辛い気持ちになっても、それがずっと続くわけではありません。

過去に辛いことがあった時、どうだったでしょう?

その気持ちは、いつの間にか忘れたり、緩和している。

怒りを感じても、感じた後は、客観的な視点も持つことができます。

 

裁判の訴訟は、人が間に立って、双方の意見を聞きます。

目の前のことしか見えなくなった時

間に人が立ってもらうのは、中立になるための方法だからです。

こじれてしまった時、客観的になれない時

人の力を借りるのは、いい方法です。

 

質問「相手はなぜ、そうしたのか?」

いつも我慢している人は、自分を大切にできていないかもしれません。

自分の大切にする方法として、我慢しているなら、

これ以上は我慢しないボーダーラインを決めるのは方法です。

今はまだ相手に、自分の気持ちを伝えていないかもしれません。

ラインを決めるのは、勇気がいります。

なにを我慢しているのか、相手に伝わっていないこともあります。

一度言っただけでは、伝わらないかもしれません。

相手の立場に立った時、自分が悪いと思うとしたら、

「私は、なぜそうしたかと思ってみます」

自分を大切にしてください。あなたは悪くないからです。

 

また私に正しさがあると思う時、相手の立場に立つことができれば、

相手の人もきっと、自分は正しいと思っているでしょう。

「相手はなぜ、そうしたのか?」

真実が分からない時も、少し客観的な視点になれます。

誤解から傷ついて、噛み合わないこともあります。

誤解があったのかもしれません。

自分を大切にして、相手も尊重する時、相手に気持ちを話すことは大切です。

私は言っても分かるわけがないと、話すことを拒絶してました。

人の間は行き違い、思い違いはあります。

相手と話さないのは、自分も相手も大事にしない態度です。

言えない気持ちも分かります。

言いにくい人はいます。

自分から伝えているかとチェックするといい。

それが、相手を尊重することに繋がります。

「私はこう思います。あなたは、どうですか?」

勇気をもつことで、前に進むことはできます。

 

質問「この問題は、どうなったらいい?」

客観的になる方法として、理想を描いてみることがあります。

「この問題は、どうなったらいい?」と自分に問いかけます。

最初、怒りで一杯だったとしても、落ち着いたら、自分の気持ちを探ってみます。

怒りの向こうには、本当は分かりあいたい、愛してほしいなどと

反目を望んでいない場合は、多いと思います。

どちらが正しいより、どうなったらいい? です。

正しさにこだわるうちは、相手に勝とうとしています。

それでは、欲しい結果は得られません。

客観的は、お互いに良い未来、

それは、どういうものか? と見つめることです。

自分の気持ちが納得できて、相手も納得すること。

分かりあえる状態が、理想ではないか?

本音の望みを叶えるためにすることです。

 

相手に怒ったとしても、我慢しても、言い負かして勝ったとしても

問題は解決しない場合は、ほとんどでしょう。

理想通りには、いかないとしても、

自分の正しさにいるうちは、望みのものは手に入りません。

本当の望みに近づくために、理想に向かうのは、得たい結果に繋がるはずです。

もう一つの質問は「そのために、できることは何ですか?

自分の立場、相手の立場、どちらも大切にできるのが理想です。

自分の出来ることを思えば、結果を手放せば、悩みは減る方向になります。

 

まとめ

〇怒りの渦中の時、客観的になれていない。人に感情の引き金を引かれただけ

 どんなことを感じてもいい、あなたは悪くなく、感じきれば落ち着けます。

 

〇想いを伝えることは、自分を大切にすること。

 相手が悪いと思う時は「相手は、なぜそうしたのか?」と想像する。

 

〇問題がある時、この問題は「どうなったらいい?」と想像する。

  「そのために、できることは何か?」と質問する。

 

モトでした。

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